What shall we do?




今月はwalking 仲間3人で毎朝よく歩いた。

そして今日が今年の最後のwalking だった。

たまに口争いもあったが、無事にコロナにもならずに3人で仲良く歩けたのはよかった。

しかしここにきて問題発生。

仲間の1人のお嬢さんが秋口からアメリカに留学した。(なんでこの時期に?)

それが正月早々に日本に帰国するので、成田に迎えに行くそうだ。(短期留学だったのか?)

帰国者はPCR検査で陰性なら空港から家に帰れるらしい。

親である友達が迎えに行くと濃厚接触者になる? でしょう?

で、もう1人の友達Tちゃんが2週間は一緒に歩くのが怖いから、腕組みちゃんからやんわりとしばらく一緒に歩けないと言ってくれないか?とLINEが来た。

気にしなかったけどそうだねー。

腕組み城では正月は酒浸りだからWalking はしばらくお休みだけど、後の2人は明日も元日早々から歩くんだ。

「Tちゃん、あしたはっきり2週間は一緒に歩けないよ、と言ったら?」

「ううん、言えない。アメリカからの帰国日は1月3日だから4日か5日にwalking が再開されるからこわい。親がアメリカから帰国の娘を迎えに行ったり、一緒に家まで送ってご飯食べたりするのは濃厚接触じゃ無い? 今日の東京の感染者は1300人超えたんだよ。腕組みちゃんからwalking 参加はしばらく遠慮してって言ってよ。」

「じゃあしょうがない。明日Tちゃんが言えなかったら正月明けにあたしが話すよ。」

言いづらいね。


そんなこともあった今年のコロナ狂想曲でしたが、みなさまはご無事に大晦日をお迎えになられたでしょうか?

ご愛読ありがとうございました。

来年もお元気にお過ごしになられますように。









今年最後のデッサン会




12月26日は今年最後のデッサン会だった。

2020年9月まではコロナ禍の影響でデッサン会も開けなかった。

10,11,12月になんとか参加者の人数を抑えながら、描きたい人が集まって隠れキリシタンのように細々と開いたデッサン会だった。

1時間に1回せっかく温まった部屋の窓を開けて空気の入れ替えをやった。

部屋が冷えてしまって、裸のモデルさんには申し訳ないが、コロナの決まりでしかたない。

顔馴染みのモデルのTさんを帰りに駅に送った。

車の中で今年のモデルの仕事は本当に少なかったと言う。

「もう、この仕事もそろそろ辞める潮時でしょうかね。」と。

「来年は何か仕事を探します。」と。

「それに裸の仕事も危ないですしね。」っと。

「今夜が今年の仕事納めです。」と。

我らも今夜の裸婦デッサンができてよかった。Tさん、描きやすいモデルさんで今までありがとうございます、とお礼を言って別れた。

罪作りなコロナ細菌兵器。





メリーMerry Chirstmas !




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なんと言うクリスマス ランチ。

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でも「鎌倉山」のローストビーフが届いたから急遽、クリスマスをやっちゃう。

ローストビーフはさすがに美味しい。手作りとは雲泥の差。

ワインとシーザースサラダだけ作って、あとは買い置きの冷凍しておいたチョコレートケーキのみ。

きょうだい4人で。

かつてのお城でのクリスマスの賑わいは無い。今年はパーティしなかった!

コロナのクリスマス。

シーン。



友の死




友達の夫ケネス(ドイツ系アメリカ人)からメールが来た。


それには・・・残念なお知らせです。

Kは癌との長い戦いの末に16日水曜日に亡くなりました。

彼女の頼みで最愛の友人たちには「死の知らせ」を伝えてほしいとの伝言です。



うそだー、つい2年前にアメリカから夫妻で遊びにきてくれたじゃあない?

いつものように元気で positive だったよね。

某大使館時代の彼女は大使の秘書だった。参事官の秘書の腕組み王女はいっぺんでKに魅了された!

だってまず英語がベラベラだったんだ。

一言で言うと賢い女とはこういう人を言うのだ。

明るく優しくて謙虚で目標が高くだから成功の人生を歩んだ。

もう55年前の出会いだね。

2001年のアメリカ留学の時はカリフォルニアのデービスの大きな邸宅に泊まらせてもらったね。

腕組み王女の和紙の抽象画が living room に飾ってあった。その時2度目のご主人となった人(ケネス、通称ケン)とも初めて会った。優しい人でよかったね。

そして50年前の腕組み王女の結婚式にも最初のパイロットのご主人と出席してくれたよね。

途中からそのご主人とカリフォルニアのサクラメントに引っ越して、世界を旅して飛行機を操縦して、山でキャンプ場を開いたりしていたんだね。

いつでもあなたは少しも威張らず一個の嫌味もなく、あっけらかんとしながら、腕組み王女の先を歩いてくれた。

トップクラスで大好きだったよ。もうアメリカに貴女がいないんだと思うと辛い。

ケネスは、さぞかし心落としだろうな。彼女のサポートほどすごいものはなかっただろう。

ケンは地質調査会社の社長をやっていたが、仕事が少なくなると心配するそうだ。すると彼女は
「全然心配はいらないわ。今は神様からもらった休暇だからゆっくり休めばいいのよ。」と。

するとすぐに彼女の言葉通り大きな仕事が入ったりするんだって。

もしアメリカ人の奥さんだったらその言葉は出るかしら? どんなにケンはそれで安心したことだろう。

でもケンはKと一緒に病と戦って、Kを無事に天国に見送って夫の役目を全うしたんだ。偉かった!


素晴らしい彼女もいなくなって、もうそんな年齢になってしまったんだ、私たちは。

ショックだった。








あの地震雲は?




先週12月11日金曜日朝、6時ごろ雨戸を開けるとまだ暗く東の空がうっすら明るくなってきた。

そこに誰の目にも判るような東から南の空を横切って西までまっすぐな地震雲が出ていた。

空には三日月が出てその下を地震雲は伸びている。

walking 仲間の2人にLINEで「今すぐ空を見て!」とメールした。もうその時間に2人は起きているはずだから。

後で聞いたら携帯を見ていなかったと言われて、話は終わってしまった。

数時間後に毎日写真を撮り歩いているアマカメラマンのMさんのFacebookにその日の早朝の公園写真が載った。

えー、あの地震雲の写真が公園の朝焼けの空に映っている!

コメント入れた。「それ、地震雲ではないですか?何時に撮った写真ですか?」と。

彼曰く、「5時ごろ公園に着いた時、まだあたりは真っ暗だったが日の出を待っていたら、目立つ白くて長ーい雲が東から南に出ていた。それは1時間以上出ていた。あれが地震雲ですか?」とコメントの答え。

普通30分ぐらいで消えてしまうのだけど。  彼以外の人は見ていなかったからそれ以上話は立ち消え。


長くなったが、昨日から起きている伊豆大島あたり、利島の深度5弱とそれに続く群発地震はあの雲を目撃してからちょうど1週間目だ。

10数年前の新潟県山古志村の大地震の前には母と一緒にもっと太くて長い一直線の雲が頭上を端から端まで横切っているのを見た。

誰の目にも明らかな異常な雲だった。

先週見た雲はその時ほど巨大ではなかったが長い雲だった。

いつか巨大地震も来るだろう。

あまりに今年は異常だもの。






本が売れた




資源ゴミ回収で町内のリアカーにガレージの本を半分ぐらい出した。

リアカーがいっぱいになりそうなので、半分でやめた。

残りを市の焼却場に出すと10kg分で200円をこちらから支払う。

それでBook-offに持っていったら1冊100円から10円まで値段の付く本があって、600円以上になった。

もちろん値の付かない本の方が多かったが。

100円だったのは大学の教科書の「民藝の道」?って本だった。開いたこともなく新品状態だった。

あの昔のハードカバーの「星の王子さま」が30円だった。カバーはボロだったが。

今日は夏頃「メリカリ」で売りに出した絵の具などが売れたと連絡があって、品物を送った。

また、何日か前に売れたミニ絵の代金が携帯に振り込まれた。売りに出しているのも忘れていたぐらいだった。

そしてクッキーを焼いた。大勢の子供らに送った。

食べたかった春巻きを作って、揚げたてのパリパリを思いっきり食べた。満足した。

同じく作りたかった「福神漬け」を作った。久しぶりだったのでちょっと失敗した。

切った野菜を煮たので小さくなってしまった。次回はもっと大きく切る!

煮すぎたので、野菜が柔らかくなりすぎた。反省。

たくさん冷凍保存した。

しかし次に作る時は何年後かだから、反省が生きずにまた何かしら失敗する。

おにぎりと福神漬けだけでも災害時に生き延びられる。

これは良い。



さらに本を捨てる。




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このほか、ガレージに山積みの本が出た。屋根裏部屋を片付けたから。

埃だらけで50年ぐらい前の本も出てきた。

学生時代の辞書類も。その時代、時代の話題の本類も。

中身は覚えてないけど「マクルハーン」って人名も懐かしい。

役所のゴミ処理場では持ち込みで10kgが200円でなんでも処分してくれるらしい。