今朝の大雨




昨日は朝は地震に注意といろいろな方面の情報が入ったので、walkingを取りやめた。

そしたら何も起こらなかった。

今朝はものすごい豪雨で友達から電話があった。

茨城県の我が町の名前がテレビ速報で大雨注意報か何かで出たらしい。

「そちらは多摩川に注意だね。こちらは渡瀬川だけど。」と武士は相身互いのような話になった。

野菜作りの話をしたら、友は去年はナスやきゅうりやトマトが放っておいてもたくさんできすぎるので、今年は作らない、と言っていた。

うちの野菜はどうしてたくさん出来ないのだろう?

インターネットで念入りに調べながら栽培に勤しんでいるのに、今日現在で美しいきゅうりの8本目が取れただけ。

葉っぱも少なめだし、ミニトマトもなかなか寂しげだ。

D002933E-4B49-416A-AE73-571F655FB6F9.heic

どうも世話の割にうまくいかない。

友達もつまらなそうで無聊を囲っているのはお互い様。

かえすがえすも武関(当て字)コロナめ! 当局に目をつけられそうだから今後は当て字にする。

そのうち雨も弱まってきたので、軒先によけていたトマトの鉢を外に並べた。




高齢の友人




久しぶりにおキクさんのところに顔を出した。

おキクさんは転んで肋骨を2本骨折していたんだって。

「エー、それで?」

転んで1週間ばかりは痛いので湿布の塗り薬をつけていたけど、やっぱり辛いので医者に行ってレントゲンを撮ったら骨折だって。

「そんなふうにしていて大丈夫なの?つまり入院とかしなくて。」

コルセット巻いてコタツの前の椅子に座っている。

でもそろそろは動けるから、足や手の骨折よりはマシだって。

正月以来会っていない旦那さまのサダオさんは歩けなくなって入院して3ヶ月経つから、来月は他のリハビリ病院に移動だって。

でも90歳近くなると人のこと(妻や夫のこと)は気にしていられないようで、自分の苦痛ばかりが重要になる。

さて、93歳のSさんの家にも行ってみた。

ちょうど娘さんが帰るところで「母の仲良しの腕組みさんが来てくれると嬉しいわ。母は二季展に出品するのも去年が限界だった。(イエイエ、たしか去年は骨折で出品せず、一昨年の作品が最後だ)今年はコロナで展覧会も無くなったからもう描かないとおもう。」と言う。

本人は腕組み王女が大好きで自分の周り(つまり老人友達)以外の話題を楽しみにしている。

が、耳が遠いので大声で話さなくてはならない。

3,4ヶ月ぶりで昔話をしばらく伺ってから元気そうなので、「次にいつ会えるかわからないけど、お元気でね。」と言ったら誤解した。

「いつ死ぬか分からないからと言う意味じゃあないのよ。コロナがいつ終わるか分からないから、以前のように大声でお喋りもできないってこと。」

この2月以来なんだか以前と全く違う人間関係になってしまったみたい。

楽しさが違うんだな。だからお互い笑顔が少なくなった。



第1きゅうり収穫




C653E5EE-73E1-4F9C-9D01-941C551B5FBF.heic
(ここをクリックする。「アプリケーションで開く」をOKすると写真が出る)

長さ20cm,重さ99gの第一番目のきゅうりが取れた。

仏壇にお上げした。

お下げして、半分に開いて味噌をつけて食した。

ポリポリ、パリパリだ。

お天気がパッとしないから、次々と収穫できるとはならないが。

ミニトマトの第1段目の10数個のうち、2,3個が可憐に色付き始めた。

太陽が出ないので、ずーっと待っているがなかなか赤くならないが。

こんなにわずかな野菜でも、日がな毎日眺めているとこころ慰められる。

人間が謙虚になる。

静かな喜びと小さな心の潤い。

コロナ以前には考えられない心境の変化だ。まるで生まれ変わっていくような・・・・


梅漬け




今年は日本全国梅が不作なんだそうだ。

先週のスーパーの八百屋部門の男性にそう言われて、焦ってそこに有った梅を塾考して7kg買った。

ちょっと小さい。「これは南高梅ではありませんぜ。佐賀の梅です。この店でも初めて取り寄せました。」って。

来週まで待ってもいい梅が入る保証はないし、もっと高くなるらしい。

梅を買いそびれたら困るから「買い!だ。」

7kgって量もいままで最も少ない。

そしたら1週間後の今日、K子から「Yスーパーに来ているんだけど、綺麗な3Lの梅が出ているから。」と電話あり。

「買ってあげるから何キロ要るの?」と聞かれて、「あと3キロ。」

まあ、運んでもらったらいい梅じゃああーりませんか。

先週の小粒の梅の倍の大きさだ。

さっそく午後はその3キロを洗って軽く干して、水の上がった小粒の梅の上に加えて、塩も300g足した。

重石は45kgで十分。

よかった!今年も梅干が作れる!

さて次は面倒くさがらずにマメに店を回って、いい赤紫蘇を手に入れよう。

毎年6月は重要な月だ。

K子に感謝だよ。ありがとう。


怠け癖




デッサンモデル事務所から電話あり。

もう4ヶ月もデッサン会を休止しているので、「そろそろデッサン会のモデルの派遣をいかがですか?」と言われた。

他のデッサン会では30分に1回10分の換気の休憩を取っているそうだ。

席を空けながら座る。参加者の名簿をしっかり作る。

ドアや用具の消毒をする。

70歳以上はだめ、市民以外は公民館は使わせないなど、など。

うるさいなァ!

歯医者から定期検診の葉書も来た。

もう1年経ったのだ。コロナで歯医者はちょっと怖い。

どーしようかな?


K子から電話で市営のスポーツジムが始まったと知らせてきた。

そうか、以前は週に2回はジムに通っていたのだ。でもめんどくさい。

現在は朝のwalking , シャワー、身支度、お昼ご飯の念入りの準備、たっぷりのランチ、片付け、洗濯、その他で夕方近くになる。

ちょっとした買い物もめんどくさいからしない。

パソコンで買い物や世界のニュースを調べる。

すぐ夕飯の時間だから、何もまとまったことは出来ない。夜だ、寝る。

コロナ前はどこにでも出かけ、掛け持ちしバタバタしていたが今では何をするのも面倒だ。

農業も朝の水やりから害虫や病気のチェック、追肥や支柱を立てたりで、自分にはこの仕事は向いていないと半分逃げ腰だ。

そうだ、漁業はどうだろうか?朝から船に乗って海に出て魚を取って帰ってくるってのは自分の性格に合っているんじゃないだろうか?

と、友達に言ったら「とんでもない!農業ができない人が魚なんか取れない!」と一喝された。

全てにおいて面倒くさい。こんな女になったのも武漢コロナのせいだ。

コロナ前はもうちっとマシな人間だった気がする。







今年初の上京




1月中旬には武漢コロナの情報がyoutube に載り始めたから、これは危険!と東京での約束を次々キャンセルした。

2月には「絶対危険!」と認識し情報を集め、危機対応の諸々の準備にかかった。

住まい近辺の活動も早々に止めた。

例えばトレーニングジムにも行かなくなったら、その後ジムも閉鎖なった。

デッサン会の年次総会も市内の蕎麦屋で2月早々に終わらせて、2月の後半からデッサン会自体を中止にした。そしたら会場の公民館も閉鎖になった。

週末の体育館でのピラティスも自主的に休んだ。一と月後には体育館も閉鎖となったからピラティスも必然的にお休みになったのだ。

都内のデブ外来や、足巻きの診療所も当分の間ということでキャンセルした。

そして、食糧危機到来に対応するために野菜作りに挑戦した。(といっても全くの素人で、野菜も簡単には作れないのだけど)

毎朝ラジオ体操と5kmぐらいのwalkingだけかかさず。そして友人とも合わず、東京にも行かず、絵も見ないで、(腕組殿下はバンドの練習もなくなりがっくりしている)ただ北関東の片田舎にいる。

念入りの手作りご飯を楽しんで。

でも、今日はデッサン会のNくんが上野の森美術大賞展で優秀賞を受賞したので、上野の森美術館に行ってきた。

腕組み王女は彼がデッサン会に入ってきたときから実力を買っていた。だからやっぱりね、って感じで嬉しかった。

Nくん独特の表現力は他の人にないものだ。次なる飛躍を期待したい。

美術館に入館する前に体温を測られて、紙に住所氏名電話番号と入館時間を書かされた。

内部でコロナ感染があった場合の追跡調査のためだね。



アメ横を通ったら、もう人出は以前と変わりない。でもほぼ全員マスクしている。

あっちこっちと用事のあるところを全部回り、買い物をし、大荷物で帰ってきた。

電車はクーラーがガンガンに聞いていたが、窓の上部は開けてあった。

こんなに色々動いてしまったら、どこかでコロナに憑ったかもね。

一見上野や御徒町界隈は以前と変わりないように見える。

でも一緒に行動していたK子とは、ただ用事を次々こなして別れた。前と気分は全然違って一種の緊迫感がある。

今年秋頃あと1回は会えるかも、でも冬はヤバイことになるからもう会えないだろうね、といって別れた


何度嘆いても詮無いが、なんという時代の到来だ。







モーニングサービス、no-talk




walking の途中、駅ビル内のパン屋で女子3人で morning-service に寄り道した。

コロナ以来お店で何かを食べるなんて4ヶ月以上やっていない。

このイートインのパン屋は確か仲間のトモチャンの誕生日の1月に寄って以来のことだ。

入り口からぐるりとさまざまの菓子パンが並び、それらに以前と違って透明シートが被せられていた。

レジカウンターで morning-service 注文して、コーヒーのミルク&シュガーの横を通ると奥がたくさんのテーブル席だ。

テーブルの数が少し減っていた。椅子の数は半減していた。

座った横の席にテーブルにうつ伏せのおじさんがいる。(やだー、こういう人は寝ているのか、長居するよ)

われらは自分のトレイにサンドイッチとコーヒーやホットドッグとコーヒーぷらすバナナorヨーグルトor茹で卵の選択した品を持って、席についたのだ。

向かい合わせでなく壁を背にして椅子一つおきに並んで座った。

壁にお話はせずに食べ終わったらすぐ帰ってください、みたいな張り紙あり。

食べ始めたら、隣のテーブルにうつ伏せのおじさんが立ち上がって静かに帰っていった。

ひとつ向こうの一人で食べていた男の人も終わると自分のトレイをもって、片付けて出ていった。

我らもほとんど喋らず、黙々とパンを食べ、アイスコーヒーを飲んで、トレイを片付けて店を後にした。

店を出てから「あー、つまんなかった。店構えは前と変わらないけど雰囲気は全然違っちゃったね。」

ただお腹に食べ物が収まったらすぐに店をでなければならないのだ。

私たちはどうでもないようなガールス・トークで盛り上がりたかったが、お話はダメだ。

これがコロナの時代なのだ。チェ!


展覧会出品のお誘い




2カ所のギャラリーからコロナ緊急事態解除後だから、展覧会3つの参加依頼をいただいた。

以前だったら「展覧会」と聞いただけですぐ手を上げる腕組み王女だったが。

日にちが迫っていても、参加費が高くてもとりあえず展覧会はワクワク胸躍るからどんなに無理をしても『参加!』だった。

今年の王女はどうしたことか全然心が動かない。

ほんの5%ぐらい、いつかはまた筆を持つ日が来るかもしれないという気がするが、いまは 無い!

コロナでどこのギャラリーも大変な時期だと思う。お誘いくださったそのギャラリーは個展や大きなグループ展などで散々お世話になった親しいところ。

協力できないこの心をごめんなさいするしかない。

燃え尽き症候群? 日本美術家連盟も退会した。美術年鑑社の名簿掲載もやめた。文化庁在研の会も。

これからは他人の絵を見る。


 



公民館の新ルール




デッサン会は土曜日の夜に市営公民館の一番大きな部屋(20名使用可)を借りている。

コロナの緊急事態解除で、3ヶ月半休んでいたデッサン会の使用許可をもらいに行った。

仕様に関する新ルールが貼り出されていた。

*使用者は古河市民のみ。(するとわが会員17名のうち市民は8名だけだ。)

*部屋の使用制限(20名)の3分の1以下の人数だけ使用可(ではたったの7名じゃん)

*70歳以上の人は不可。(すると会員17名のうち70歳以下は10名だけだよ)

*基礎疾患のある人はダメ。

*発熱のある人はダメ。

*2週間以内に海外渡航歴がある人はダメ。

*使用中に30分に5分は換気せよ。(裸婦デッサンだから部屋を暖めておかねばならないから無理)

*マスク使用のこと

*部屋を使用後ドア、机など掃除の他に消毒も。

もっとたくさんの要求があったが、ほとんど公民館は使えないことがわかった。

それでデッサン会の副会長のTさんがこのお触れ書きをコピーして会員に送付して、「とりあえず6月はデッサン会は引き続き休み」と伝えることになった。

腕組み王女はTさんに6月と言わず「当分の間」としたら?と言ったら、「月に1回ぐらいはお知らせを出して会員をつなぎとめておいた方がいいです。」って。

半分足抜けしたい腕組み王女は全然若手の気持ちを汲んでいないことに気が付きました。

若手の会員は描きたくて描きたくてうずうずしているんだね。腕組み王女もかつてはそうだった。